統計解析係 鈴木誠
(はじめに)
前回の江戸に引き続き、幕末から戦前までの約100年間における江戸・東京の人口について、お話します。
なお、東京は、昭和18年(1943年)に東京都が成立するまで、東京府と呼ばれました。
1 全国の人口増加は、いつ始まったのか
享保期(1716〜1735年)の全国人口は3100万人、130年後の弘化期(1844〜1848年)も3200万人であり、江戸後期の人口は停滞していたこと、
この背景として、耕地面積も1721年296万ha、1843年306万haで停滞していたことや少子化等について前回お話しました。
しかし、幕末から明治にかけて、新田開発により耕地面積が拡大し(明治5年(1872年)に359万ha)、また嘉永6年(1854年)の
日米和親条約の締結により貿易が活発になりました。
さらに明治2〜6年(1869〜1873年)の間には四民平等が実現し、また移動や職業の自由などの経済活動の自由が認められました。
これらを背景に人口は増加に転じ、日清戦争前の明治24年(1891年)には4千万人を突破して4025万人となり、その後、資本主義・工業の進展とともに人口増加のテンポも上昇し、
昭和5年(1930年)には江戸後期の2倍の6445万人となりました。
なお、数値は推定を含んでおり、目安程度に考えてください。
それでは、東京における人口集中は、いつ始まったのでしょうか。
2 東京の人口集中は、いつ始まったのか
文政9年(1826)に江戸を訪問したシーボルトは、江戸の全人口は少なくとも150万人はあるだろうと記録しています(『江戸参府紀行』)。
これは全国の5%に当たります。
その67年後の明治26年(1893年)の東京府は、現在の東京都とほぼ同じ範囲であり、江戸(朱引内約164ku)の10倍以上に拡大しました。
このときの人口は161万人で江戸と大きく変わらず、全国の4%に低下していました。
全国の5%の水準を回復したのは日露戦争後の明治38年(1905年)のことで、人口は225万人でした。
全国の10%の736万人に達したのは昭和15年(1940年)でした。
それでは、東京への人口集中は、何を契機に始まったのでしょうか。
グラフをみると、第1次世界大戦後にグラフの傾きが急激になっており、第1次大戦を契機に人口集中が進んだことがわかります。
戦争がわが国の重化学工業の遅れを認識させて、重化学工業化が進み、京浜、中京、阪神、北九州の「4大工業地帯」が形成され、
これらの大都市への人口移動が活発になったのです。


この人口集中の背景には、資本の集中と鉄道網の全国的な発達があります。
東京の会社数は、日露戦争後の明治43年(1910年)に1,606でしたが、京浜工業地帯成立後の昭和15年(1940年)には
22,613で全国の26%に達しました。
この割合は昭和30年代の高度経済成長期と同じです。
また、JR及び民鉄の営業キロは、鉄道国有化の明治39年(1906年)に1万キロ未満でしたが、
昭和15年(1940年)には27,289キロに達しました。
これは現在とほぼ同じです(平成13年(2001年)に27,379キロ)。
このように雇用の機会が増え、また全国的な移動が容易になり、加えて、全国的に人口が増加し続けたことが、
東京への人口移動を活発にしたのです。
それでは、人口と資本が東京に集中した結果、社会や生活はどう変化したでしょうか。
3 人口集中により、社会や生活はどう変わったか
明治初中期において、東京の人口が停滞していたのは幕末・明治初期には戦火と混乱があり、
また江戸詰めの武家が国許に帰ったことのほか、不健康な生活環境のため、乳児死亡率が高く、
平均余命も短かったからです。
東京の乳児死亡率は、明治33年(1900年)に191.7(千分率)で全国(155.0)より約40ポイントも高く、
東京の平均余命は、大正10-14年(1921-1925年)に男38.6歳、女39.4歳であり、全国の男42.1歳、女43.2歳より
約4歳短かったのです。
しかし、この後、乳児死亡率は全国より低くなり、平均余命は全国より長くなりました。
近代的な生活が形成されて、保健・医療・社会資本・衣食住の水準が向上したのです。
さらに、出生率も低下しました。現在の少子化問題は、90年前のこの時期に始まったのです。
第1次大戦後の「重化学工業化」とともに始まった「都市化」は、「出生率・死亡率の低下」だけではなく、
このほかにも「第3次産業の発達」「サラリーマンの増加」「女性の社会進出」「生活の洋風化・大衆化」などの様々な変化を引き起こしました。
明治大正期は政治史として語られがちですが、「人口」や「都市」を視点に見直すと別の発見があります。
《参考文献》
石塚裕道・成田龍一『東京都の百年』(山川出版社)
板倉聖宣『歴史の見方考え方』(仮説社)
江口圭一『大系日本の歴史M二つの大戦』(小学館)
鬼頭宏『日本の歴史19 文明としての江戸システム』(講談社)
新保博・斎藤修編『日本経済史2 近代成長の胎動』(岩波書店)
舘龍一郎『日本の経済』(東京大学出版会)
中村隆英『日本経済−その成長と構造』(東京大学出版会)
西川俊作ほか編著『日本経済の200年』(日本評論社)
速水融・小嶋美代子『大正デモグラフィ』(文藝春秋)
(五十音順・敬称略)